海を越えて、無事に産まれますように

安産祈願
娘がイギリス人の夫と結婚し、ロンドンで暮らし始めてから3年になる。
時差もあって、連絡は週末のビデオ通話が中心になった。
数ヶ月前のある週末、いつものように話していると、娘が少し照れくさそうに言った。
「実は、妊娠したの」
うれしかった。
でも、そのすぐあとに頭に浮かんだのは、
「そばにいてあげられない」ということだった。
日本にいれば、戌の日には一緒に安産祈願へ行く。ずっと、なんとなくそう思っていた。
その「当たり前」ができないことが、思っていた以上に心に引っかかっていた。
あれから娘は安定期に入り、来週末がちょうど戌の日にあたるという。
出産予定日までにロンドンへ行く予定はない。
渡航費用も、向こうでの滞在も、そう簡単に決められることではなかった。
でも、何もせずに遠くから案じているだけというのも、どうにも気持ちの置き所がない。
せめて、安産祈願だけでもしてあげたい。
そう思って調べていると、リモートでご祈祷を申し込み、本人がどこにいてもライブ配信で立ち会えるサービスを見つけた。
これなら、娘と一緒に祈ることができる。
申込みフォームには、ご祈祷を受ける本人として娘の名前と、ロンドンの住所を入力した。
予約したのは、戌の日の日本時間午後3時。
ロンドンは、まだ朝の6時過ぎだ。
娘に伝えると、
「それくらいなら大丈夫。ちゃんと起きるよ」
と笑っていた。
当日、娘とはあらかじめビデオ通話をつないでおいた。
日本のリビングと、まだ薄暗いロンドンの部屋。
離れた二つの場所で、同じライブ配信を開いた。
画面の中で神職の方が祝詞を上げ、娘の名前が読み上げられる。
ビデオ通話に目を移すと、娘が静かに手を合わせていた。
遠く離れているのに、
そのときだけは、すぐそばにいるような気がした。
祈祷が終わると、娘が言った。
「こっちにいても、ちゃんと一緒にお祈りできるんだね」
数日後、実家に安産御守が届いた。
小さなお守りを手に取って、娘のいるロンドンの住所を書いた封筒に入れる。
海を越えて届くまでには、もう少し時間がかかる。
それでも、今度はこのお守りが、
私の代わりに娘のそばにいてくれる。
封を閉じて、そっと手を添えた。
どうか、無事に産まれてきますように。
そしていつか、この子をこの腕で抱けますように。